失われた手袋の記憶

ドイツ製の傘がテレビの画面の中に

並んでいる。

ザルツブルクという元々小雨の多い

街にある工房が映っていた。


傘の柄が太い木で作られ、しっかり

した骨組みに、それぞれ派手な色の

組み合わせで、ストライプ模様の

布地が張られている。


ナレーションで生地はイタリア製、

という言葉を聞いて、私の脳内で

シナプスが反応した。


色とりどりの皮の手袋が並べられた

フィレンツェの店の木製の棚が脳裏

に浮かんだ。


手袋に模様はなく、一色の皮だけで

かたどられているが、赤一つとって

も、薄い色や濃い物等何種類もあり

その色の豊富さに目を見張った。


赤、茶、緑、黄色…と色ごとに分類

され、1センチずつずらして重ねて

置かれたそれらのグラデーション

は、皮の美しさと色の楽しさで

魅力を放っていた。



あの時買った、目の覚めるような

明るいオレンジ色🍊の皮の手袋は、

手にぴったりと吸い付く様な作りで

指1本ずつにフィットした。


大事に日本に持ち帰って、冬を楽し

める貴重なアイテムとなった。


しかし、その大切な手袋を私は片方

失くしてしまったのである。 


通勤時に駅の改札の手前で手袋を

はずし、コートのポケットか、

バッグに押し込んだ。


忘れもしない五反野駅。都内で有名

な五反田、ではなく、スカイツリー

ラインのゴタンノ。


改札を通った私は片方手袋がない事に

すぐに気づいた。

が、会社へ急ぐ朝の時間帯だった為、

帰りに事務室に寄れば落し物として

届いているだろうと安易に判断し、

先を急いだ。


帰りに駅員さんに聞いたところ、

手袋は今日は届いていないという。

届いたら連絡して欲しいと書き残し

たかどうかの記憶も薄れたが、多分

駅なのでそんなサービスもないまま

手袋をあきらめた。


知らない人の使った、しかも片方

だけの手袋は、コスプレなどに

使われたんだろうか?


ずいぶん前のできごとだけど、今も

どこかであのみかん色の手袋が無事

でいてほしいと願う。

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